本谷有希子が描く日常の気味悪さがおすすめ「異類婚姻譚」とは?
先日芥川賞を受賞した、本谷有希子著の「異類婚姻譚」
「いつの間に、私は人間以外のものと結婚してしまったのだろう」
という一文が目を引く、結婚生活の、日常に潜む気味悪さや、不可思議さ。
これらが主観とは一歩違った本谷有希子という人間、ある意味普通の人間の視点ではない、別角度の視点から表現した作品だといえます。
見出し
そもそも異類婚姻譚とは?
「異類婚姻譚」という言葉を聞いたことがある人はどれくらいいるでしょうか?
この「異類婚姻譚」とは、なにも本谷有希子さんの造語ではなく、古くからある言葉なんです。
「異類婚姻譚」とは、
人間と違った種類の存在と人間とが結婚する説話の総称。世界的に分布し、日本においても多く見られる説話類型である。なお、神婚と異類(神以外)婚姻とに分離できるとする見方や、逆に異常誕生譚をも広く同類型としてとらえる考え方もある。
Wikipediaより
日本昔話にあるような、人間と、人間ではないもの(主に動物)が結婚をするという説話。
昔話にあるような例としては、蛇や猿、河童、鬼といったものも登場する。
あの有名な、鶴の恩返しや、浦島太郎(乙姫は亀だと考えられていた)もその1つです。
またこのような話は、日本だけでなくヨーロッパや中国など世界中に存在し、有名なところだと、グリム童話の「かえるの王さま」、「美女と野獣」、「リトルマーメイド」なども異類婚姻譚と言えるでしょう。
夫が崩れ、混ざってひとつになる
本書の中で、夫の顔がだんだん崩れていき、全くの別人に見えてしまう。
そして、妻のサンちゃんはそんな夫にだんだんと顔が似てきて,そこに恐ろしさを感じるという表現があります。
詳しくは本書を読んでほしいのだが、これは、物理的に目が似てる、口が似てる、骨格がそっくりというような単純な話ではない。
それぞれのパーツを見ると、全く別物であるが、全体として見た時に似ているという不思議。
実はよくある話
こういった話というのは、日常の中でもよくあると思う。
付き合って、結婚して、服装が、好みが、そして全体の雰囲気が似てくる。
自分自身でも経験はないだろうか?
学生が実家暮らしをしている時などもそうだろう。
当然兄弟や親と雰囲気が似てくる。
しかし、地元を離れ一人暮らしをすると、纏う雰囲気が変わってくる。
久しぶりに地元に帰り、両親や、古い友人と会うと、これほどまでに雰囲気とは変わってしまうのかと驚くこともある。
こういった例は、同じ環境にいるということもそうだが、向かう先が同じだということが大きく影響しているのではないか。
学生時代でも、会社の中でも、ほかの人とは少し違っていて、少しつかみにくいという人がいると思う。
そういった人は、同じ枠組みの中で生活していても、おそらくその枠の中を見ていない。
向かう先が違うのではないでしょうか。
実は似てきたのではない
本書における、顔が似てきたというのも、結婚し夫婦生活をしていたからというのもそうだが、一人の人間として向かう先が同じだから似てきたのだと思う。
向かう先が同じなので、居心地がいい、そして考えも似通ってくる、つまり自分の思考と相手の思考が同じ。
よって、相手と一体に混ざり合うような感覚と言うものに到達する。
本書の中での夫とは、仕事以外では何も考えたくないという世間でいう面倒くさがりな人間。
妻サンちゃんは、専業主婦であり、そんな夫に不満を持ちつつも、そんな夫と自分が似てきてしまっていることに恐怖を覚える。
妻サンちゃんは、自分はそんな風になるまいと、主婦業に専念したり、やりがいを見出すべく努力するが、だんだんと夫のほうに吸い寄せられていく。
そして、それは吸い寄せられたのではなく、実は自分も夫側の人間であったんだという事実に到達してしまう。
実は食べさせてあげていたのではない
そんなサンちゃんに、夫が「自分だけが食べさせていると思った?」と投げかける。
この言葉には、すごく核心を突かれたような気持ちだった。
人間は善意で何かをしてあげる時、当然ながらそれは相手のためになることだと考える。
相手が仮にぶつくさ文句を言おうとも、それが相手のためになると、、自分が相手の為にしてあげているんだ。
そんなのは妄想であり、エゴだと気づかされる一言である。
相手が真に何を望んでいるかというのは、長年連れ添った夫婦でもなかなか掴みきれないものかもしれないが、「自分だけが食べさせていると思った?」という言葉にすら気づかないようでは、そこに本当の信頼関係は生まれないのではないかと思う。
モヤモヤしたものが晴れていく
「異類婚姻譚」の中で描かれる表現は、今まで感じてはいたことだが、夫婦という間柄を使い、的確に言葉で表現していると思う。
読んでみると、人によっては気持ちが悪い表現だと感じる人もいるかもしれない。
しかし、僕自身は今までなんとなく感じていたもやもやとした気持ち悪いものが、きっぱりと言葉で表されていて、晴れやかな気持ちになった。
本谷有希子さんの表現する言葉が、スッと入り込んでくるような感覚だった。
人生に疑問のある人こそ見てほしい
異類婚姻譚は、日常に潜む気持ち悪さに本当によく気づき、言葉を選び表現していると感じる。
本書における表現は、必ず誰しもが経験しているような出来事であると思う。
しかし、そこに目を向けて、立ち止まる人とそうではない人い分けられ、理解できる人とできない人がいるのかもしれない。
どちらがいいとか悪いとか言う話ではないが、普段いろんなものが気になってしまい自分というものが見えなくなりつつある人にこそ読んでほしい一冊でした。
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